進化・拡大する高精度放射線治療
放射線治療部門では医師,診療放射線技師,医学物理士,看護師が協力し、個々の患者様に最も適した治療を安全正確に最高の品質で提供するべく努力を続けています。 2台の高精度治療対応リニアック(Novalis TX, TrueBeam)と1台の高線量率小線源治療装置(microselectron-HDR)を用いて、年間約700~800例の治療を行っています。その中から、発展著しい高精度放射線治療のトピックスをご紹介します。
少数個転移(オリゴ転移)へも定位放射線治療することで予後が延長
有痛性骨転移や脳転移、また初回治療後の再発腫瘍による出血や消化管通過障害など、腫瘍による症状を緩和するための放射線治療(緩和照射)はこれまでも幅広く用いられ、ほとんど副作用もなく良好な効果が得られます。 このことは高いQuality of lifeを実現できる放射線治療の真骨頂とも言えますが、近年は遠隔転移のあるステージ4の患者さんであっても、少数個までの転移(オリゴ転移)であれば原発腫瘍や転移への放射線治療によって予後が延長するという知見が報告されています。 定位放射線治療(Stereotactic radiotherapy: SRT)は腫瘍に対してピンポイントに大線量の照射を1回~数回行い、手術で切除することなく治癒させる治療法です。(図1)
本年度から5個以内のオリゴ転移、また脊椎転移へも保険適応となりました。緩和照射に高精度治療を用いることで、長期の症状緩和と予後延長が得られる可能性が広がっています。
図1:胸椎転移に対する定位放射線治療
第2胸椎の椎体転移に対して定位放射線治療(ピンポイント照射)により腫瘍を消失させて,大きく余命が延長することを目指しています。
多発脳転移へのHyperArc(ハイパーアーク)を開始しました
がん治療の進歩によって長期の生存が得られるようになり、脳転移が特に無症状で発見される機会が増えています。脳転移は頭痛や嘔吐に加えて意識障害や四肢麻痺といった重大な症状を引き起こしますので、素早く効果的な治療が求められます。 この度当院で多発脳転移を一度に照射する新しい技術HyperArcを国内4施設目として導入しました。これまでは複数の転移へ一つ一つ照射するため、転移の個数が増えると治療時間が長くなりましたが、 HyperArcは複数の転移を一度に短時間(10分程度)で治療でき、また腫瘍だけに高線量を照射しつつ、脳の被ばく線量を飛躍的に抑えることが可能です。(図2)
現在はこの優れた技術を脳転移だけでなく、頭頸部がんや皮膚がんにも応用して治療しています。(図3)
図2:多発脳転移に対するHyperArc
極小照射野により多方向からガントリーを回転させながら照射することで、多発する脳転移に対しても短時間で高精度の照射が可能です。 周囲の脳の被ばく線量を低減することで、認知機能障害や脳壊死といった治療後の有害事象を防ぎます。
図3. 頭皮血管肉腫(皮膚がん)へのHyperArcの応用
通常のIMRTでは良好な線量分布の作成が困難な頭皮血管肉腫において,HyperArcを応用することで腫瘍への良好な線量分布と脳線量の低下を両立している(ネオプレーン製フードを使用)。
免疫放射線療法への期待
肺がん化学放射線療法に免疫療法が加わることで生存期間が劇的に改善しています
切除不能の局所進行非小細胞肺がんを対象として,化学放射線療法(CRT)後にデュルバルマブ地固め療法の有効性を評価したPACIFIC試験は,18.4か月も生存期間を延長する結果となりました。(表1)
局所進行がんの根治治療における免疫放射線療法が幕を開けるだけでなく,これまでの治療体系を大きく変革する大きなインパクトがあります。肺がん治療へ携わる医師のみならず,全てのがん治療に従事するスタッフから従来のCRTと免疫療法の併用療法に期待が集まっています。
評価項目 | 免疫療法 | プラセボ薬 | 有意差 |
---|---|---|---|
全生存 | 47.5ヶ月 | 29.1ヶ月 | あり |
無再発生存 | 17.2ヶ月 | 5.6ヶ月 | あり |
局所制御 | 30.0% | 17.8% | あり |
新出病変 | 22.5% | 33.8% |
表1.肺がん化学放射線療法後の有効例に免疫療法とプラセボ薬を投与して比較するPACIFIC試験結果のまとめ
腫瘍免疫を活性化するキーとなる放射線治療
PACIFIC試験において採用されたCRT後に免疫療法を用いる逐次併用療法は,同時併用に伴う有害事象のリスクを回避しつつCRTの有効性も損なわない,安全かつ有効な併用法と考えられ,今後多くのがん腫に拡大すると思われます。 あらためて腫瘍免疫を活性化するキーとなる放射線治療の役割に興味が尽きません。
放射線照射された腫瘍細胞においては免疫表現型の変化が生じ、腫瘍への免疫反応が増強することが明らかとなってきました。このような放射線照射による全身の腫瘍免疫増強により, 照射範囲の外の離れた病巣にまで腫瘍縮小効果が認められる事象をアブスコパル(遠達)効果と呼びます。アブスコパル効果は放射線治療だけではほとんど目にしませんが、免疫チェックポイント阻害薬との併用により,その頻度や効果を高める可能性があるとされています。 この併用療法は照射範囲の抗腫瘍効果を高めること,また遠隔転移の発生や増大を抑制することによって患者さんの生存期間を延長する可能性があり,従来の局所進行がんに対する根治的な放射線治療に加えて、再発・遠隔転移がんに対する腫瘍免疫を活性化するトリガーとして、放射線治療の新たな役割が提起されています。
図4.放射線照射による抗腫瘍免疫活性化の機序