迅速・確実な診断と診療を行っています(呼吸器内科)
呼吸器内科紹介
兵庫県立がんセンター呼吸器内科では肺がんを主体とした胸部腫瘍に対する診断と治療を一貫して行なっています。今回のインタビューでは、肺がん内科治療の最近の状況について、呼吸器内科 里内美弥子医師にお話を伺いました。
まず、診療実績についてお聞かせください。
治療に関しては、局所進行がん、進行がんに対する抗がん剤治療や放射線治療に対応しています。肺がん診療は分子標的療法、免疫療法の飛躍的進展により、ガイドラインが1年もたずに変更されるほど、進展が著しい分野です。治療成績も向上し、現在公表されている5年生存率が10年前の初診患者さんですので、参考にならない状況になっています。
当院は、現在「肺癌診療ガイドライン」に記載されているIV期非小細胞肺がんの標準治療となっている多くの治療の開発治験に参加しており、自施設の患者さんに新しい期待される治療の選択肢を備えるとともに、治療開発に貢献してきています。
当院は現在「肺癌診療ガイドライン」に記載されているIV期非小細胞肺がんの標準治療となっている多くの治療の開発治験に参加しており、自施設の患者さんに新しい期待される治療の選択肢を備えるとともに、治療開発に貢献してきています。
個々人に合わせた最適治療を選ぶにはそのがんの遺伝子検査を含めたバイオマーカー検査が第一歩なのですが、専門施設でないと正確な診断に結びつかないこともあり、その後の治療経過に大きく影響してきます。当院は検査も含めたシームレスなチーム医療で迅速・最適な診断、そして各専門医の合議による最適治療を行えていることが特色です。通常外注されることが多いバイオマーカー検査も院内で行っておりますので、結果が出て治療方針を立てるまでが早いことが自慢で、特に治療を急がれる方にはさらに臨機応変な対応も可能です。
シームレスなチーム医療ということですが、具体的にはどのような特徴がありますか。
関連各科の敷居が低いことです。がんの診療は病理診断科と連携した画像診断、研究部・病理部と連携した正確な組織診断・分子診断に基づいて患者さんの状況に合わせて行うことになり、適宜手術や放射線治療の選択肢も考慮していくことになりますので呼吸器外科・放射線治療科と共同して行って行きます。当センターはこのチーム医療がシームレスであることが特徴で、全員が顔を合わせて行うカンファレンスでの治療方針決定を毎週全例に行い、外来、病棟で迅速な判断が求められる際にもすぐにPHSなどで情報共有して連携できる体制で治療を行なっております。各専門医の目で判断することで、放射線治療や手術の可否などの大きな判断が変わってくることもあるのです。
治療の最新動向についてお聞かせください。
肺がんの9割近くを占める非小細胞がんの治療はここ数年で目まぐるしく進歩しており、多くの新規薬剤が出てきております。これらの薬剤は患者さんのがんの組織から検査で判明する遺伝子異常の有無・種類、それに加えて免疫治療の効果予測に用いる免疫染色結果をもとにそれぞれに最適な治療を選択していくことになっており、以前より多くのステップを踏むことになっています。当院ではそれらの検査を院内で行うことで初診から正確で細やかな診断、そして治療開始までの時間が全国的にもトップクラスの速さなのが大きな特長です。
診断から治療の大まかな流れについてお聞かせください。
非小細胞肺がんの治療は今までにないスピードで変遷しており、年間に数種類の新薬が登場しますが、多くが個別化治療を行う薬であり、勧められる診断法もどんどん変わっています。それにより予後も改善し、進行・再発肺がんでも抗がん剤中止・終了後に長期に再発しない方も少ないながらおられますし、飲み薬だけで長期間症状なく日常生活を送られる方も増えてきました。点滴の抗がん剤も外来で継続できることが多いこともあり、抗がん剤治療中であっても仕事を継続されることが多くなっています。
診断・治療の変化には専門医でもついていくのが大変なくらいではありますが、新情報に基づいた確実・正確な診断をもって治療を始めること、最初に専門医が関与することがどんどん大事になっているのです。
肺がんを疑われて初診された場合、まず肺がんかどうか確定診断を行うことになり、これには組織を取ることが必要になります。以前はがん細胞が少しでも見つかればそれで十分でした。現在でも最初に手術を行うのであれば、手術で取った組織で肺がんの特徴について確実な診断ができるので多くの組織が採取できなくても治療に進めます。しかし手術が最初の選択肢にならない場合には、がんの種類の見極めに免疫染色を行うことが多いですし、抗がん剤治療が必要と考えられる場合には、抗がん剤を選ぶために遺伝子の検査や免疫治療の選択のための免疫染色といった分子診断が必要で、これらの検査に十分な量と質の腫瘍が取れないと最適な治療につなげられません。ここが最も個人個人に有効と思われる治療を選ぶのに極めて重要です。肺は消化管のようにファイバーで腫瘍そのものが見えないことが多く、十分な量の組織を取ることは簡単ではありません。ここでもチーム医療で複数の専門家の目を通してどの手法を選ぶかが大事ですし、検査法の選択肢も多いほうが有利です。肺がんは症状がなくても初診の段階で転移が起こっていることが少なくありません。手術にするのか、放射線治療か、抗がん剤治療か。放射線治療をする際に同時に抗がん剤を組み合わせるのか、抗がん剤治療の前に症状をコントロールする放射線治療をした方がいいのか、などの治療方針の決定には、全身の転移の有無を見ることが必要で、胸部〜腹部のCTに加え、PET-CT、脳MRI(MRIができない時はCT)が必要になります。これらの検査を早急に行うことになりますので、初回治療前の検査中は通院回数が多くなります。これらの結果を外科・内科・放射線科の専門医が一堂に会して供覧・討論して最適治療を選びます。肺がん診療の専門医であっても、他の領域の専門医の意見がないと判断が難しいこともありますので、このステップはとても大事です。初回の治療は極めて大事ですので、ステップを飛ばすことなく「正確・迅速」な診断と判断が必要です。
抗がん剤治療が治療方針となれば、前述の分子診断に進みその結果を見て、体調・合併症・生活背景なども考慮して治療を決定します。
抗がん剤についてお聞かせください。
現在の肺がんの抗がん剤は、細胞傷害性抗がん薬、分子標的治療薬、免疫チェックポイント阻害薬と大きく3種類に分類されます。従来から行われていた細胞傷害性抗がん薬もそのもの自体の進歩もあり、また制吐薬など支持療法の進歩により、副作用は軽減され、外来治療が主体になってきておりますが、今、飛躍的に進歩してきているのは分子標的薬と免疫チェックポイント阻害薬です。
分子標的治療薬の飛躍的な進歩とはどういったことでしょうか。
がんは遺伝子異常が積み重なって起こりますが、一つの遺伝子の異常だけでもがんになるような遺伝子異常があり、がんが一つの遺伝子異常に依存して、増殖しているようなことがあります。そのような遺伝子異常をdriver oncogene(ドライバーがん遺伝子/ドライバー遺伝子異常)といいます。ドライバー遺伝子異常がある患者さんにはドライバー遺伝子異常の働きを止めるような薬剤を使えば、効果が高く、時に劇的な効果が得られます。このようながんの生存・増殖に大きな影響を与える分子に働く薬が分子標的治療薬です。肺がんではEGFR遺伝子変異、ALK融合遺伝子、ROS1融合遺伝子、BRAF遺伝子変異、MET遺伝子変異、RET融合遺伝子、KRAS G12C遺伝子変異、HER2遺伝子変異、NTRK融合遺伝子の9つのドライバー遺伝子異常に対する薬が市販されています。効果は速い人では1週間程度で発揮され、一気に体調が改善することも稀ではありません。奏効率(長径30%縮小=概ね面積で半減)が4-7割程度、無再発生存期間(再発までの期間)中央値は6ヶ月〜3年を超えるものまで薬剤によって違いがあります。個人差が大きいのですが、どの薬剤でも効果がみられると画像上全ての病変がみえなくなるような劇的な効果が経験されることがあり、年単位の長い効果持続期間が得られることも多いです。このような薬剤ではいずれは耐性化して再発するのですが、一部の病変のみでの再発の場合はそこだけ放射線治療や手術を行って治療継続ができることもあります。非小細胞肺がんの約半数で何らかの遺伝子異常に対する薬剤が保険診療で使用できる状況になってきており、その他の遺伝子異常にも次々に治療開発されてきており、近い将来日常診療に入ってきそうでもあります。また、治験により新しい遺伝子異常に対応する薬剤が使用できることもあり、しっかりした分子診断を行うことが最適治療・承認前の最新治療に結びつく可能性をつなぎます。せっかく効果が出ていた薬剤が耐性化で効果がなくなった際にも、その耐性のメカニズムもわかってきており、耐性克服できる分子標的薬剤の開発・上市も進んできでいます。
分子標的治療薬がどんどん開発されることに伴い、その薬剤が効果を示す患者さんを見つけるための分子診断(遺伝子診断)方法が新しく導入され、分子診断が複雑になり、年々変わってきています。
治療につながる遺伝子異常を全て見つけるために複数の検査を順々に行うとすれば時間がかかってしまうため、現在では複数の遺伝子異常を一気に調べる検査法が主流になっています。当センターではこの一気に遺伝子異常を調べる検査法の一つ「Amoy™肺癌マルチ遺伝子PCRパネル」を院内検査として取り入れました。追加検査が必要になることもありますが、検査を開始すれば翌日に現在使用可能な遺伝子異常の有無を知ることができ、診療の大きな武器となっております。
免疫チェックポイント阻害薬についても教えてください。
免疫療法ががんに効くのではないかということは昔から期待されていたのですが、免疫細胞療法やワクチン治療は肺がんでの有効性をことごとく否定されてきました。がんは免疫機構によって排除されることは間違いではなかったのですが、それなら免疫機構が正常ならがんにはならない、がん細胞がうまく免疫機構にブレーキをかけてしまっているから、目に見えるがんになり、臨床現場で診療しているがんは全て免疫に対するブレーキがかかっているという視点から、免疫機構のブレーキを外す治療を行ってみたところ、一部の人に大きな効果が得られました。このがん細胞を攻撃すべき免疫細胞に対するブレーキを外す薬剤が免疫チェックポイント阻害薬です。このブレーキ機構の代表的なものが、本庶佑先生がノーベル賞を受賞されたPD-1とPD-L1によるブレーキです。記憶機構のある免疫に作用するからか、効果を得られた患者さんの中に長期間に効果が続き、再発しない人もおられます。
当センターでの実績について教えてください。
当センターでは、免疫チェックポイント阻害薬治験で免疫チェックポイント阻害薬を投与開始された進行・再発の非小細胞肺がんの患者さんで、長い人は8年を超えて無再発となっており、投与中止後5年以上の無再発患者さんも複数おられます。このように長期に奏効する方は投与した方の一部ではありますが、上市後5年を超えましたので、このような患者さんは増えてきています。手術や放射線治療ができない進行肺がんの患者さんが、治療を全くしなくても再発せず元気に長期間過ごされるということが現実に見みられるようになったのは大きな変化であり、治療が様変わりしてきたことを実感しています。免疫チェックポイント阻害薬1種類ではこのような長期に効果が持続する方はごく一部であることから、現在は従来の細胞傷害性抗がん剤との併用療法や、他の免疫チェックポイント阻害薬との併用を行う治療(免疫複合療法)が行われており、従来の標準治療であった細胞傷害性抗がん剤治療のみよりも成績が良いことが示されています。今は分子標的治療薬が用いられる遺伝子異常がない方では、合併症や体調などで免疫チェックポイント阻害薬を使えない場合を除いて、初回の治療で免疫治療のみ、もしくは免疫複合療法を行なっています。当院はこれらの治療方法の多くの治験に参加させていただいており、これらの治療を適切な患者さんに行うことで、免疫治療が保険診療に導入される前の標準治療の抗がん剤に比べ、5年生存率や生存期間は大きく伸びていることがわかっています。この際の治療選択はPD-L1という免疫のブレーキ物質がどれくらい組織に出ているかを免疫染色で評価して最適治療を選択していく参考にしています。免疫複合療法は初回の治療でしか保険診療では行えないことになっており、やはり治療開始前に分子診断をしておくことが重要ということです。
初回治療で再発した後にも、従来からの抗がん剤治療など肺がんで保険適応がある薬剤を使用して体調を見ながら可能であれば治療を継続していくのですが、その間に他の遺伝子異常がないかどうか、最適治療が残っていないかを見極める意味で300を超える多く遺伝子異常を次世代シークエンサーを用いて調べる「ゲノム診療」を行うこともあります。当センターは「がんゲノム医療拠点病院」に指定されており、「ゲノム診療」も積極的におこなって治療につなげております。
最後に患者さんへのメッセージをお願いします。
肺がん診療は大きく様変わりしており、特にがんによって体調が悪くなっている方に関しては、進行がんでも治療により本来の体調・生活を取り戻し、できるだけ長くがんと付き合いながら生活いただける可能性がある時代になってきております。分子標的治療薬の効果が期待できるような肺がんだと判明した場合には体調が多少悪くとも抗がん剤治療が可能であることも多いです。そしてそのような場合に、治療して早期に外来治療可能となって日常生活に戻られることもあります。高齢者でも理解力があって臓器機能などが保たれていれば、若年者と大きく変わらない治療が可能なこともあります。「体調が悪いので、がんセンターの治療は無理かな」「80歳を超えてるので、紹介するのはどうかな」などと思われる場合にも一度受診いただければ、治療の可否も含めて判断の上、対応いたします。抗がん剤治療が不可能な場合にも、骨転移や脳転移が体調悪化に大きく寄与しているときには緩和的放射線治療のみを行わせていただくこともあります。
セカンドオピニオンなどで治療後に相談されることも多いですし、そのような紹介にも真摯に対応しておりますが、正確な診断とそれに基づく初回治療は大変重要ですので、早期の当センター受診を考慮いただけましたら幸いです。
反対にお元気に見える方でも間質性肺炎などで肺のコンディションが悪い方など、合併症によって治療の選択肢が大幅に制限されてしまうこともあります。組織を採取するような検査ができないコンディションの方には検査・治療を届けることは難しくなります。その際にも患者さんのご期待には答えられないかもしれませんが、きっちり説明の上、治療方針の決定をいたします。
紹介元の先生方も患者さんも呼吸器内科・外科、放射線治療科・診断科のどこを受診すればいいのか悩まれるかもしれませんが、当院ではどの診療科を初診されても、全科で診断・治療方針決定を行っていますので、安心してどの科にでも受診して頂けましたら幸いです。
里内医師、ありがとうございました。