呼吸器外科領域の最新トピックス
~肺がん外科治療の新時代:縮小手術と新規術後補助化学治療について~
兵庫県立がんセンター呼吸器外科では、原発性肺がんを中心に転移性肺腫瘍、縦隔腫瘍、胸膜中皮腫などの胸部悪性疾患を対象として、外科的な診断・治療と術前術後の化学療法を行っています。
今回のインタビューでは、肺がん外科治療の最近の状況について、呼吸器外科 西尾渉医師にお話を伺いました。
まず、診療実績についてお聞かせください。
2020年以降は新型コロナウイルス感染拡大の影響により日本全国の病院で呼吸器外科手術件数が減少する傾向が見られており、当科でも手術件数の減少の傾向が認められますが、この10年間の手術総件数は年間250件以上を常に維持しております。
最近の診療内容はいかがでしょうか?
当科では、従来から施行していた小さな開胸創からの手術を発展させるかたちで2009年から段階的に完全胸腔鏡手術を導入し、2022年は原発性肺がん手術の90%を完全胸腔鏡手術で施行致しました。
完全胸腔鏡手術の方法として、従来の完全胸腔鏡手術に加えて、ロボット支援下胸腔鏡手術、単孔式完全胸腔鏡手術の3つのアプローチがあります。ロボット支援下胸腔鏡手術は、従来の完全胸腔鏡手術と比較して手術道具のより細やかな動きが可能となり、かつ手術道具が身体に負担をかけにくい動きをするため、完全胸腔鏡手術の欠点を補い、より低侵襲となる可能性が期待されています。2019年5月に導入後、計186名の患者さんに同手術を施行しております (2023年11月30日現在)。
単孔式胸腔鏡下手術は、文字通り1つの傷 (単孔) で手術を行う胸腔鏡下手術です。従来の複数の傷で行う胸腔鏡手術よりも整容性に優れ、また疼痛が少ない可能性が示唆されています。現在、単孔式胸腔鏡下手術での対応が可能な早期の肺がんや転移性肺腫瘍に対して同手術を施行しております。
全国的な肺がん診療の動向はいかがでしょうか?
2022年は肺がん手術および肺がん周術期治療において、まさに新時代の幕開けとも言える年でした。1点目は小型肺がんの術式として区域切除が大規模な多施設第III相試験で有用性が報告され肺がん診療ガイドラインが変更となったこと、2点目は長らく大きな進展がなかった肺がん術後補助化学療法の領域に新規薬剤が保険承認されたことです。
小型肺がんに対する縮小手術について、詳しく教えてください。
原発性肺がんに対する標準術式は肺葉切除術ですが、早期と考えられる肺がんに対しては肺組織温存手術、すなわち肺切除量の少ない部分切除術や区域切除術といった縮小手術の選択肢があり、特に肺野末梢(CTで腫瘍が臓側胸膜側に局在)の小型肺がんに対する区域切除に関しては「根治性を損なわず、かつ術後の quality of life にも配慮した術式」として当科では20年以上前よりその有用性を報告してきました。
「肺野末梢の小型肺がんに対する縮小手術」の有用性が日本を中心に多数の施設より報告されてきたことを受けて、日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)と西日本がん研究機構(WJOG)の主導により2008年から肺野末梢の腫瘍径が2cm以下の小型非小細胞肺がんに対する肺葉切除と区域切除を比較する多施設共同第三相試験(JCOG0802/WJOG4607L)が開始されました。当科も同試験に参加、2022年4月にThe Lancetで結果が報告され、肺野末梢の小型肺がんに対して、従来の標準治療である肺葉切除に対する区域切除の全生存期間における優越性が世界で初めて示されました。この試験結果を受けて、2022年の肺がん診療ガイドラインでは2cm以下の肺野末梢小型肺がんに対して「肺葉切除または区域切除を行うように推奨する」と初めて区域切除が標準術式として併記されました。
しかし肺がんに対する区域切除は肺葉切除と比較して局所再発率が高いことも同時に報告されており、安易に区域切除を選択することは非常に危険です。当科では過去30年以上にわたって集積した膨大なデータベースに基づいたエビデンスより、それぞれの患者さんに適した術式を決定しております。
肺がんに対する新規術後補助化学療法について、詳しく教えてください。
肺がんは完全切除したとしても残念ながら一定数の再発がみられ、手術後のステージが進むにつれ再発率は高くなります。「手術後のステージが2期、3期の場合には、殺細胞性抗がん剤(シスプラチンを併用した2剤抗がん剤療法)による術後補助化学療法が再発率を抑えかつ根治率を上げるために有効である」と2008年に報告されて以降、この術後補助化学療法が行われてきましたが、その効果は限定的でした。
2008年以降、肺がんの術後補助化学療法には大きな進展がみられませんでしたが、2020年以降、免疫チェックポイント阻害薬、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬が肺がん切除後の再発率の抑制に有効であるとの大規模臨床試験の結果がたて続けに報告されました。これらの結果を受けて、2022年に肺がん術後補助化学療法の治療薬として、免疫チェックポイント阻害薬ではテセントリク(一般名:アテゾリズマブ)、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬ではタグリッソ(一般名:オシメルチニブ)が保険承認され、本邦でも使用できるようになりました。
テセントリクは、IMpower010試験で有用性が検討されました。肺がん検体のPD-L1発現が陽性の場合に、従来の殺細胞性抗がん剤が終了後にテセントリクを最長1年間投与することで再発リスクを34%低下させることが報告されました。
タグリッソは、ADAURA試験で有用性が検討されました。肺がん検体のEGFR遺伝子変異が陽性の場合に、肺がん術後に最長3年間タグリッソを内服することで再発リスクを83%低下させるという驚異的なデータが報告されました。
これらのデータは、肺がん術後のステージが2期、3期で再発に対する不安を抱える患者さんにとって希望の光になることは間違いありません。しかし、現在報告されているこれらのデータはテセントリク、タグリッソともに短期的な成績のみであり、また薬剤使用による重篤な副作用も報告されているため、これらの薬剤の使用に関しては慎重な検討が必要です。当院では当科、呼吸器内科、放射線治療科・診断科、病理診断科で週1回合同カンファレンスを行っており、それぞれの患者さんに適した術後補助化学療法を検討しています。
最後に患者さんへのメッセージをお願いいたします。
現在は肺がんの手術・周術期治療の変革期ですが、「根治性を損なわず、かつ術後の quality of life にも配慮した術式・治療の選択」という当科の基本方針を堅持しつつ、ひとりひとりの患者さんにとって最善の治療が提供できるように努めてまいります。
西尾医師、ありがとうございました。